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移民の歌

 

・胸に手を置き星条旗仰ぐとき移民にも市民にもなれず漂う

                         西岡徳江

 

十二月八日、クリシュナ智子さんから連絡があり、病気療養中だった西岡徳江さんが亡くなられた事を知った。享年六十七歳。ご冥福を祈りつつ僕の知る範囲で彼女の歌と歌業を記しておきたい。

西岡さんはオハイオ州の小児科医院にナースとして勤務し、渡辺幸一さんが主催する「世界樹」に歌を寄せていた。私は「世界樹」掲載されていた西岡さんの仕事詠、社会詠に惹かれ「短歌往来」のリレー連載「海外通信」の原稿依頼を送った。元気の良い返信が最初のやり取りであった。

 

・新生児の頭髪かみの豊かさ黒さをも誉められておりアジアの子ゆえ

・熱の子も忍者に仮装し母とくるハロウィン間近の小児外来             

・老患者のわがまま全て受け入れて受け入れられぬ差別語残る

 

 勤務先の病院での歌。三首目は「JAP」と呼ばれた際の歌である。有色人種が過半数となった米国だが白人優位の感覚は根強い。太平洋戦争を経験した世代には一生変わらぬ認識であろう。

 

・投票日までを二人で歩きたりインディアン・サマーの陽のふる道を

 

マイノリティーである西岡にオバマ支持である事を伝えてきてくれた白人同僚との一場面。このオバマ大統領再選選挙では白人の六割が共和党ロムニーに投票した。

 

・毒ガスが出るとシャワーを忌み嫌うローズは今もゲットーに生く

・認知症の喜美子とわれのふるさとを重ねて歌う「ふるさと」遠い

 

ボランティアの一人として活動していたアルツハイマー専門施設での歌。異国で人生を終える難しさを感じていたのだろう。「貴美子」は林貴美子という人物で学生時代には早稲田の雄弁会に所属し、日経婦人協会長や日本語学校校長を務めた方だそうだ。

 

移民であったことを大きな歌柄としつつ、西岡は身の回りの出来事に加えテロや銃規制など米国社会の出来事を多く歌に残している。

また同じ移民として、マイノリティーとして働く人々に敬意を払い、作品を残す作業にも尽力した。米国最大の日系新聞「羅府新報」には伊勢正直、山口千代両氏が主宰する「移植林」という短歌欄があり、西岡も当初は投稿者の一人であったが、伊勢、山口両氏の引退に伴い二〇〇〇年より「新移植林」を主宰し跡を継いでいる。「移植林」「新移植林」の投稿者にはカリフォルニア州ソルダッド州立刑務所で暮らす郷隼人もいた。郷は一九八五年に収監され、一九八八年より「移植林」へ投稿を開始。その後伊勢、山口の勧めで朝日歌壇にも投稿を始め、「新移植林」にも歌を寄せ続けた。西岡と郷のやり取りは短歌にとどまらず、書簡や、応じられる範囲で西岡が日本語書籍や日用品を刑務所へ送っていたと聞いている。郷の家族詠、望郷の歌、獄中詠、詠わずにはいられなかった歌の数々は我々の胸を強く打つが、こうした歌の背景には西岡の姿があった。

 

・獄塀の内よりつづる君の歌移民史はまたプリズン史なる  西岡徳江

 

西岡は歌人として、移民として郷を支えたのだろう。彼女の最後の詠草は心の花2019年2月号に掲載される予定である